鮮やかな水彩と柔らかい世界観の絵がに引き込まれる、「いわさきちひろ」という絵本作家をご存知でしょうか。
絵本というよりも画集を読んでいるような気にさせられます。一度はどこかで見たことがあるのではないでしょうか。
そんないわさきちひろの原画や遺品を集めた美術館が、長野の安曇野にある「安曇野ちひろ美術館」。先日東京が猛暑に襲われる中、キャンプで長野に行った時に訪れました。
設計者は建築家の内藤廣、ものすごくかっこ良くてチャレンジングな木造建築を作る大巨匠です。いろんな意味でテンションが上がってたくさん写真を撮ったのでここでレポートしたいと思います。
僕は一応、建築の設計を職にしているので若干目線がマニアックかもしれません。憶測で語りまくっていますが、とにかくこの美術館が素晴らしかったのでシェアさせてください。
安曇野ちひろ美術館は1997年に建てられた、世界初の絵本専門の美術館。
絵本を飾る施設ということで、「子どもたちが人生で初めて訪れる美術館」を意識しているそう。
展示物も他の美術館より低い位置に展示されていたり、休憩所が多めに設置されていたりと、子どもが「もう帰りたい」と言わないような工夫が至る所でされています。
感じた特徴は、心地の良いスケール感と素材感でした。展示室に飾られる絵ももちろん素晴らしいのですが、ホールや廊下の居心地の良さが抜群。
いわゆるちょっと緊張感がある静かな美術館とは全く違くて、走り回る子どもがいたり、おじいちゃんが窓辺でうたた寝していたりと、不思議な空気感に包まれています。
まずは外観から。広い公園の中に建つ建物は、三角屋根が連なっているファサードは、背景の北アルプスの山々とシルエットが重なって見えます。勾配も山に合わせられているんでしょうか。くねくねしたアプローチを歩くと建物が樹に隠れたり顔を出したり、入る前からワクワクさせてくれます。
大きく口を開けた開口は美術館のエントランス。この時点で特徴的な屋根の架構が見えていますね。屋根を支えるのは登り梁という斜めにかかる木材ですが、これがなんともスレンダーで美しい。
よくみると登り梁は集成材ではなくて、無垢材ですね。木目がすごくはっきりしているのでカラマツでしょうか。きっと長野の地場の木材をふんだんに使っているのだと思います。そして何と言ってもアーチ状の開きどめがポイント。これがないときっと棟木(頂点の部分でずっと奥まで続く部材)がすごく太くなってしまうのではないでしょうか。すると途端に凡庸な小屋組になってしまいそうで、この華奢で美しい架構を作る最大の特徴だと思います。
内部に入っても架構がずっと続きます。僕が設計者だったら、きっとこの架構をもっとやらしく強調してしまいそう。それだけ美しくてカッコイイ屋根なのだけれど、内藤さんはきっとそこまで目立たせないようにしていると思います。天井を架構と同じカラマツの野地板を貼ることで架構だけが浮き出て来ないように、ごく自然な屋根に見せています。
窓の手前に浮いているクラゲみたいなのは、この時企画展「子どものへや」でインスタレーションを行っていたトラフ建築設計事務所がデザインした「空気の器」という紙の作品。
柔らかく軽い物体が、ポワポワと浮いている風景はなんとも不思議な世界観。天井からワイヤーで吊られていて、つい触ってしまいます。
受付の近くに置いてある2mちょっとくらいの長いベンチ。すっごいシンプルですがなんか可愛くて撮ってしまいました。ここの家具は中村好文という建築家がデザインしているそうですが、これもそうなんでしょうか。プロポーションが好き。
エントランスの先には展示室へ向かう廊下があります。廊下の始まりの部分は天井が下がっていて、廊下の幅も高さも、住宅くらいのスケールに抑えられている印象。ちなみにこの美術館、屋根以外の構造はコンクリートのようです。ただそれを感じさせない木の素材感。
壁はザラザラした土で覆われています。おそらくですが、珪藻土。最近バスマットなんかで流行っている素材ですね。手に触れる箇所は、コンクリートを露出させずに土や木で覆うことで、建物全体が優しい印象に。
壁から持ち出した照明がカッコいい。そして登り梁は、壁のコンクリートに直接ぶっ刺さっているように見えます。目線の高さでは、土や木・コンクリートと複数の素材をパッチワーク的に見せているのに対して、屋根部分で見せるのはあくまでも架構だけ。シンプルに抽象化されていて、大きな土の塊に直接屋根を被せているだけのような印象があります。
廊下の脇には、「子供の部屋」というプレイルームがあります。集中力を切らしたちびっこがちょこちょこと遊んでいました。
入り口に置いてある白い靴に近づくと、こんなメッセージが。粋な仕掛けですね。
廊下の先にはホールのような空間が。よく考えたら美術館で床がフローリングって珍しいですね。僕が通っていた中学校が、こんな感じの床でした。全体的にスケール感も素材感も、子どもに馴染みやすいよう作られています。
ホールは中庭に面しています。なんとなくですが、海外の田舎にある教会みたいな雰囲気を感じます。昼間で天気もよかったからか、ここは照明が抑えられていて、大きな窓からの明るさで十分に過ごせます。
ここにも空中には「空気の器」が。
こちらはいわさきちひろの絵が描かれていて、色がついています。風鈴みたいで涼しげ。音は鳴らないけれど、それも美術館としても合っていてちょうど良いですね。
ホールの横には、「窓ぎわのトットちゃん」の教室を模した休憩所があります。なんでトットちゃん?と思ったんですが、本のイラストをいわさきちひろが描いているんですね、しかも著者の黒柳徹子はこの美術館の館長を務めているそう。
荷台に飾られているランドセルがおしゃれすぎる。これ欲しいなと思った。
増築されたという棟に続く道中に、可愛らしい椅子が置いてありました。これも中村好文の作品。大人イスと子どもイスの間くらいのサイズ感になっています。
渡り廊下はルーバーの屋根でスゥっと建物間を繋ぎます。夏だったこともあり、中庭には誰も出ていませんでしたが、過ごしやすい気温の時はこの中庭絶対気持ちいい。昼寝とかしたい。
ルーバーは7mmくらいの厚みで3cmほどのの細かいピッチ。屋根っぽさを持ちながらも、真上の面はしっかりと抜け感があります。ちなみにちゃんとガラスが貼られているので、雨でも歩けます。
増築棟の展示スペースでは、トラフ建築設計事務所のインスタレーション、物語によく出てくる少女の帽子を模した「子どものへや」が展示されています。
竹を結束バンドで接合して作られた空間には、子どもたちが楽しそうに過ごしていました。
取り囲む座布団はカラフルなクッション。色合いはいわさきちひろの作品から抽出されたような淡い色彩。遠目から見た時はマカロンみたいで美味しそうだなと思いました。
建具周りのディテールを見てみます。同面で綺麗に収まっています。真ん中の分厚い部材はなんだろう?と触れてみると、
中にカーテンが入っていました。窓を美しく見せるための細工。
壁面は珪藻土でなくルーバーで作られています。うちの事務所の建築でもよくルーバーを用いているのですが、悩み所がルーバーの奥の壁の色。とりあえず他の壁に合わせて白にすることが多かったのですが、背景が黒いほうがルーバーが際立ちますね。学びがあります。
イベントやレクチャーも行う部屋のようで、スクリーンが下り天井に仕込まれています。コンクリートをわざわざクランクさせていている所もさすが。
外の公園にも展示が広がっています。まず公園に出るとブルーサルビアが広がる花畑。改めてロケーションの素晴らしさを感じます。
振り返ると裏側のファサード。エントランス側の迫力のある大開口に対して、こちらはイエ型が一部欠けたようなカタチ。かわいい。
広場の奥にはトットちゃんに出てくる「トモエ学園」を模したという電車の車両が鎮座。長野電鉄で使われていた本物の車両を使っているそう。
2輌編成で、まずは休憩所。しかしここが空調がなくてサウナ状態。流石に誰もおらず、僕も1分ほどで出てしまいました。
ただ、机に置かれたうちわがめちゃめちゃ素敵でした。これを撮っている間僕は汗だくでしたが。
2輌目は教室を再現しています。実際にこんな教室の空間があったら素敵だなあ。
公園も広くて気持ちい場所、東京にいると中々味わえないですね。天気がすごいよかったのですが、木陰に入ると心地いい風が吹いてくれます。内藤廣の空間を堪能し絵本の世界観に浸かった後は、公園の木の下でちょっと昼寝をしてしまいました。
今回は夏に来ましたが、次は別の季節にまた来たい。自然に囲まれた建物だからこそ、季節や環境次第で印象がきっとガラッと変わるでしょう。長くなってしまいました。